車線変更25時過ぎ、歌丸師匠の話を。

この人の女性らしさには、勝てない。

歌丸師匠は確か椎名巌さんという殿方だったと思うんだけどなあ。

先日、歌丸・円楽二人会のチケットがやっと取れたので味わいに行った。

ずっと、歌丸師匠の高座を生で見たかった。

きっかけは、笑点の司会が、圓楽師匠から歌丸師匠に代わって最初の大喜利

歌丸師匠が回答者のおかみさん役としてかつらを被った回があってさ。

師匠は、かつらを被った直後に女性っぽく右の首筋を長く見せて傾げたのです。

その様を見たとき、「負けた」と思いました。

それまでも、立川流や枝雀ものの落語のCDはたまに聞いてたけど、歌丸師匠の女性の仕草を見てしまったときに、どうしても高座を観に行きたいと思った。

思った以上に細胞に刺激がありました。

退院直後の高座だったので、歌丸師匠は酸素をボンベから鼻で吸っていらっした。

マイクにその音が大きめに入っていたこともあって、マクラの最初は、正直気になりました。

でも、時間が経つごとに、不思議なことに、全然気にならなくなりました。

ボンベの音よりも、師匠曰く「上品なお客さんたち(我々)」に「間男」というフレーズを発するまでの話の運び方や、その過程で引き立つ歌丸師匠の上品さと多様性への理解に引き込まれました。これが、まるで高貴なお嬢様のような恥じらいを感じさせる振る舞いで「間男」と仰るので、かなりの色っぽさを観客は脳内で補っていたのではないかと思います。

そして、「紙入れ」の演目が始まったときには、師匠が酸素吸ってたことも忘れて引き込まれていました。何回も何回も聞いてる演目のはずなのに、目が離せない。

恐らく、師匠はご自身の顔が一番女性らしく見える角度だけを、おかみさんの役のときに観客に見せていて、もう女性にしか見えない。あと、女性らしい体のラインを仕草で表現して、観客側にまた想像力を委ねていらっしゃいました。

語彙力が乏しくて恥ずかしいのですが、ただただ引き込まれました。

 

恐らく、落語というものは、私たち観客の想像力を信じてくれているんだと思います。

演じていた歌丸師匠も、きっと私たちを信じてくれていたのだと思います。

人を信じる姿勢含めて、歌丸師匠の色気なのだと思います。

追いつけないかもしれないけれど、追いかけ憧れ続けたいと思います。

 

とても温かい気持ちをもらいました。また行きたいと思います。

あ、円楽師匠の話をしてない!

文枝師匠との関連で思うことがあったので、多分二人についての話を後日いたします。

ちなみに、能楽も人の想像力を信じるという点では同じかな、と思うので日を改めて認めたいところ。